「風を究め、風を制する」をモットーに防災に役立つ風のハザードマップ作成にも着手
構造工学、 振動学、 流体力学、気象学などが複合的に絡み合う風工学という分野
野田先生は風工学研究室の三代目。「初代の宇都宮英彦教授は
橋梁工学が専門で橋の振動を中心に研究されていた学生時代の恩師。
二代目の長尾文明教授は橋梁振動に加えて地形と風。
私は『とにかくやってみよう!』という姿勢で振動現象、地形周り
の風、強風災害など、多岐に渡って風が関わる問題について研究
しています。『専門は何なんだ!?』とよく言われます」。風力発電用
風車の開発に取り組んだこともあり、手にしているのはその時の模型。
「風を究め、風を制する」をモットーに、構造物の空力振動、風環境、強風災害など、風に起因する様々な現象を扱う風工学研究室。構造工学、振動学、流体力学、気象学などをベースに、風がもたらす恩恵や被害に関する研究を複合的に扱っています。
風工学が注目されるようになった大きな出来事に、1 9 4 0年のタコマナローズ橋の崩壊事故があります。アメリカの巨大な吊り橋タコマナローズ橋は風速19 mという、珍しくない風速で大きなねじれを起こして崩壊しました。この事故以降、吊り橋のような揺れやすい構造物は風による振動も考慮して設計されるようになりました。
このような風による振動を事前に検証するために行うのが風洞実験です。風洞実験は橋の縮尺模型を用意し、人工的に風を吹かせて揺れを調べます。揺れ方や橋の構造に応じて風の流れを整える設備を付加するなど、それぞれの橋に合わせた風で揺れさせない様々な工夫が施されています。私たちにとって身近な瀬戸大橋や明石海峡大橋といった本四連絡橋も風による振動を事前に検討して作られています。
「PLATEAU」を活用し、常三島キャンパス内の流れを風速(色)と風向(矢印)で見える化した例。
本四連絡橋にも関わった歴史ある研究
徳島大学の風工学研究室は長年にわたり、本四連絡橋に加え、阿波しらさぎ大橋、新町川橋など大規模橋梁の建設計画に携わってきました。大鳴門橋を含む本四高速道路は、10分間の平均風速が秒速25 mを超える強風が予想される場合、全車通行止めになるのですが、この規制風速を決めるための検討をしたのも、この研究室(2代目長尾先生)です。
「うちの研究室が最初に取り組んだ橋は、愛媛県の弓削島と佐島との間に架かる弓削大橋。その頃は橋梁建設などの公共工事に多く関わっていました。橋は長期間の耐久性が求められるので、1 0 0年、1 5 0年に1度の強風が吹いても破滅的な揺れが出ないように造っています」。
安全な橋を造るためにはそのエリアに「どんな風が吹くか」を知ることが大事だという野田先生。橋の架かる場所の地形や特性を理解し、それを踏まえた上で橋の構造を考え、フェンスの設置など風の影響を受けにくいよう、細かく設計するのだとか。
設計において橋が風で揺れないようにすることが最も重要で、「橋がいったん揺れ始めると、壊れるまで揺れ続けるフラッター現象というのがあるのですが、こうなった時点で我々の負け。揺れてないのは我々風工学者の取り組みの成果ということです」
防災は地震だけでなく台風への備えも
長年積み重ねてきたノウハウを防災の分野に役立てようと、今、新たな研究が始まっています。
「昔は伊勢湾台風や室戸台風、第2室戸台風など甚大な強風被害をもたらした台風もあったのですが、幸いなことにこの50年くらいの間、そこまで大きな被害は出ていません。
しかし2 0 1 8年に来襲した台風21号(暴風によりタンカーが関西国際空港の連絡橋に衝突し、空港が孤立するなどの被害が出た)が通過した際には近畿地方で、大小合わせて6万5 0 0 0棟が被害に遭い、損害保険の支払額はほぼ1兆円。東日本大震災の支払額は約1兆3 0 0 0億といわれていますので、台風の被害も侮れません。また、強い台風が来ていない地方では、建物の経年劣化、老朽化のせいで低い風速で被害が出ることもあります」。
防災というと"地震や豪雨への備え〞と思っている人も多いと思いますが、「台風による強風への警戒も必要」と注意を促します。
学内にある風工学の実験室。長さ26mという巨大な風洞施設を使って、様々な実験が行われています。
実験に用いる模型や実験装置を研究室メンバーと協力し、DIYで作ることもしばしば。
研究室の様子。地形と風には密接な関係があるそう。疯狂体育,疯狂体育app下载元年房総半島台風で
送電鉄塔2基が倒れた事故は、地形の影響を受けて、送電鉄塔の辺りに強風が
吹いたことが原因なのだとか。こうした解析にも携わっています。
大鳴門橋の模型。四国新幹線のために作られたスペースが後に「渦の道」
として利用されることになったそう。
風を見える化して防災に役立てる
そうとはいえ、台風のニュースは「これまでに経験したことのない強風」といった表現での注意喚起にとどまっています。
「これだと受け取り方に個人差があり、実際、どのくらい危険なのかわかりにくい。台風が通過する地域に対して、想定される被害の大きさを具体的な数値を示して警戒を呼びかけることで、防災や避難に役立つのでは???」と、前述の台風21号の被害調査をもとに被害発生確率の算出を試みました。
「この台風の被害調査では飛行機をチャーターして上空からブルーシートがかかっている家の分布の調べたのですが、調査が出来たのは被害発生から2ヵ月後。その時点でまだブルーシートがかかっているということは、簡単には直らないほどのダメージを受けたということ。このデータと各地の最大風速、住宅密度を照合すると、ある程度明確な関係性がわかりました。このように実際の被害調査をもとに被害発生確率を推定するといった、防災に役立つ情報提供を行う取り組みも行っています」。
直近では国交省から提供されたデジタルデータ「PLATEAU(プラトー)」を活用し、徳島市の"風のハザードマップ〞作成も進行中です。
「キャンパスを歩いていても、『ここはいつも風が強い』と感じるところや、『いつも自転車が倒れている』という場所がありますよね? そういう情報があれば、自転車置き場を変更したり、木を植えるなどして風の影響を弱めるといった対策もできます。目には見えないけれど感覚として認識していた風を、徳島の地形や建物のデータとあわせ、風の流れや方向を見える化し、わかりやすく示すことで、防災や減災に役立てたいと思っています」。
台風だけでなく、突風や竜巻、ダウンバーストと呼ばれる強風にも注意が必要という野田先生。自然災害や橋をきっかけに、ぜひ風工学という学問分野にも目を向けてみてください。
野田 稔(のだ みのる)のプロフィール
理工学部 教授