臨床ニーズの高い難治性疾患に対する革新的な薬物治療システムの開発を目指して
薬学部 教授 金沢 貴憲(かなざわ たかのり)
治療薬を標的部位に運ぶナノDDS技術を開発
金沢先生がこの研究を始めたのは約15年前。東京薬科大学で学位
を取得後、約10年間スタッフ教員として研究を行っていた際に、
テーマの一つとしてDDS技術の開発が含まれていたそう。その後、
日本大学薬学部の薬物の輸送動態を解析する先生から声がかかり、
日本大学では脳神経系のDDS技術メインで研究。その後社会実装
可能な医薬品開発のためにナノ粒子の精度?品質を高めたいと、
静岡県立大学薬学部の創剤科学研究室へ。各大学で脳神経系の
疾患治療に繋がる技術や知見を吸収し、2023年7月に徳島大学
薬学部へ。
金沢先生が取り組んでいるのは、治療薬を標的部位に運ぶナノDDS(ドラッグデリバリーシステム)技術の開発です。
今年4月に薬業界最大の専門紙「薬事日報」でも取り上げられた研究なので、その記事をご覧になった人もいるでしょう。
金沢先生は主にアルツハイマー型認知症やパーキンソン病、ALSなど脳神経系の疾患の治療を目的に、治療薬の運搬体による伝達システムの開発を進めています。
脳に治療薬を送る過程で一番の課題は"送達経路"です。脳神経系疾患の治療薬はこれまで血管を介した手法が模索されてきました。しかし、血管を通じて脳に薬を届けるには、血液脳関門というバリアを突破しなくてはなりません。
血液脳関門は毛細血管の内皮細胞が緊密に結合し、がっちりと隙間なくガードしている状態。脳を有害な物質や病原体から保護する役割のある血液脳関門ですが、ここを通過する方法はまだ見つかっていません。
「当時、血液脳関門を突破するための研究を一生懸命やっていたのですが、血管を介さず鼻から脳へダイレクトに繋がるルートがあるという論文を見つけ、ラットを使って経鼻投与の実験を行いました」。経鼻投与に切り替えて実験してみると劇的に治療効果が出て、送達ルートを変えるというアイデアに行き着いた金沢先生。
「鼻粘膜には脳とつながる嗅覚神経と三叉神経があり点鼻薬を打つと脳に届きやすく、血管に注射する場合と比べ、劇的に脳に薬物が送れるようになり、DDSの一つの選択肢として経鼻投与はありだと思いました」。
ブレークスルーポイントはカニクイザルの実験
この研究における「一番のブレークスルーポイント」と振り返るのが、2021年のAMEDの事業支援を受けて行ったカニクイザルの実験です。
人と比較的近い大型の霊長類でも同じような結果が出るか、カニクイザルでの経鼻投与実験を行い、脳へ薬を送達できることが実証されました。
投与量や送達効率の向上といった新たな課題も見つかり、今後は動物疾患モデルを使って、治療効果を発揮するかどうかといった点も検証していく考えです。
運搬体ナノ粒子もより高性能に
経鼻投与という送達ルートに見合った運搬体の開発、改良も進んでいます。
カニクイザルの実験では、遺伝性疾患の治療などで使用されるアンチセンスオリゴ核酸を、ブロックコポリマーと脂肪酸修飾膜透過性ペプチドを共集合化させたナノ粒子に入れて投与し、成功しました。今後はさらなる性能や精度の向上を目指しています。
「例えば認知症だったら、海馬やその周辺の弱った神経細胞にスーッと行って、そこだけ修復する。認知症に関係ない正常な脳組織には影響しない、部位選択性のような機能をナノ粒子につけたいと考えています」。
認知症は海馬、パーキンソン病は黒質線条体、ALSは脊髄と、疾患ごとにポイントになる組織が異なるため、疾患部位ごとの特異的な送達方法についても運搬体の研究と共に進める予定です。
点鼻薬で認知症治療!?患者に優しい医薬品開発を目標に
学生もこうした最先端の研究に関わることができます。
具体的な経鼻投与の方法は、鼻の粘膜にシュッと吹き付ける点鼻薬のようなものをイメージしています。
「鼻粘膜まで届けば、ナノ粒子自身の力で粘膜から脳に移動し、送達できるとカニクイザルの実験で大体分かってきました。どういうデバイスを用いるかは今後、検討していきますが、点鼻薬で認知症やパーキンソン病が治療できるようになれば、患者さんご自身が自宅で投与することができます。患者に優しい医薬品の開発も私が目指すテーマです」。
点鼻の液量は限られているため、高含有な噴霧体製剤の作り込みなど、実現までにはいくつかのハードルはありますが、ナノDDS技術の開発は難治性疾患の治療が可能になるかもしれないという、明るい兆しが感じられます。
インキュベーションクラスターに選出された「異常タンパク質の凝集?伝播を標的とする中枢神経変性疾患に対する革新的な核酸医薬シーズの開発(2023-2025)」
研究を後押しするDDS研究センターや研究クラスター
金沢先生が徳島大学の薬物治療分野に着任したのは昨年7月。徳島大学の薬学部で研究を行うメリットを次のように話します。
「徳島大学でDDS研究を行っている、小暮健太朗教授(衛生薬学分野)、石田竜弘教授(薬物動態制御学分野)、立川正憲教授(創薬理論化学分野)によって、昨年、医歯薬学研究部に設立された『DDS研究センター』に、私たちの研究室も参画し、計4研究室による革新的なDDS研究を推進しています。DDS技術に強い研究者がこれだけ揃った大学は全国的にみても珍しく、しかもその研究室間で、しっかりと連携し、研究をしているところはどこにもないのではないかと思います。
それに加え、一つの目的に向かっていろんな分野の先生が集まって研究をする『徳島大学研究クラスター』もあり、私がクラスター長を務める研究がインキュベーションクラスターにも選出されました。
これまでも臨床の先生方と連携したいと思っていたものの、なかなか実現できずにいました。ところが、徳島大学に来てすぐに産学連携の担当の方から脳神経系の研究をしている医学部の和泉先生を紹介いただきました。和泉先生は脳神経系の先生で、特にALSを中心に研究されています。
それからもう1人、遺伝医学分野の森野先生とも繋いでいただきました。森野先生は病気の原因となっている遺伝子(変異遺伝子)を見つける研究をされています。このように部局を越えた連携がしやすい環境にあるのが徳島大学の強みだと感じています」。
いまだ有効な治療法のない神経変性疾患。連携して取り組むことでこれまで困難とされてきた課題に別の角度からアプローチし、治療法の開発と実用化へ向けた研究がスピード感をもって進行しています。
金沢 貴憲(かなざわ たかのり)のプロフィール
薬学部 教授