男性不妊症原因遺伝子の同定と治療法の開発とゲノム情報に基づいた個別化医療の実現を目指して
いまだ治療法が確立されていない男性不妊症
ヒトを対象とした男性不妊症の原因遺伝子の解明と医薬品の副作用に関わる遺伝子の研究を行う、医薬品情報学の研究室に伺いました。
不妊症は日本だけでなく世界的に増加していて、今や6組に1組が不妊症で悩んでいるのだとか。
「不妊症というと一般的には女性の側に問題があると思われがちですが、実際のところ約半分は男性に原因があります。その多くは精子形成障害で、男性不妊症は厚生労働省が認めた治療薬もなく、治療法自体もありません一般的に効果があるといわれる漢方やビタミン剤も、精子の機能を向上させるとか、何か根拠があって使われているわけではないんです」。
精液中に精子がない無精子症の場合、手術によって精子を回収し、体外受精を行うのですが、手術によって精子が回収できる可能性は5割程度。こうした手術は保険適応外で、経済的にも精神的にも不安や負担を感じているカップルも多いといいます。
世界に先駆けてゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施
もともとY染色体の研究を行っていた佐藤先生は、十数年かけて泌尿器科の協力を得ながら、男性不妊症のサンプルを500例、妊孕性が確認された男性のサンプルを約1000例、一般集団の22、23歳くらいの若者のサンプルも約1000例くらい収集しました。
そして世界に先駆け、一般集団の男性と健常者の男性のDNAだけでなく、精液の質や生殖行動も収集してGWASを行い、精子の運動率と関連する遺伝子座としてERBB4という遺伝子を特定しました。
その他にテストステロン、卵胞刺激ホルモンなど生殖に関するホルモンについてもGWASを行い、インヒビンBという生殖機能に影響を与えているホルモンの分泌に関連する遺伝子LRRIQ1を発見。そこをターゲットとした精子機能の改善薬の開発を目指しています。
「男性不妊症の患者さんを対象に、次世代シーケンサーという技術を使って、全ゲノムの塩基配列を研究し、原因遺伝子を見つける研究も行なっているのですが、いろいろやって思うのは、患者さんの原因遺伝子がそれぞれ違うということ。そのため、ある一つの遺伝子をターゲットとした治療薬の開発を行うのは大変難しく、いろいろハードルはありますが、少しでも創薬の開発に近づけるよう研究を進めています」。
研究室のみなさんの様子。
副作用の予測モデルを作り安全な薬物治療へと繋げる
研究のもう1つの柱となっているのが、医薬品の副作用に関わる遺伝子の研究です。
「徳島大学病院の血液内科に入院している患者さんの協力を得て、研究を行っています。血液内科の患者さんは白血病の方が多いので、そこで使われている抗がん薬によって起こる様々な副作用の原因遺伝子を見つけ、副作用の予測をするというもので、こちらの症例も5年かけて100例ほど集めました。
抗がん剤の副作用には脱毛や食欲不振などがありますが、急性白血病の治療に使用されているシタラビンという抗がん薬を使用した場合、皮疹の副作用が出る方がおられるので、GWASを行って、皮疹に与える遺伝子を特定しました。
この他に悪性リンパ種などの治療に使用されているビンクリスチンは、末梢神経障害という副作用がよく知られているのですが、末梢神経障害の原因遺伝子をGWASによって見つけています。
得られたゲノム情報をもとにAI(人工知能)の技術を使って、副作用の予測モデルを作り、将来的には薬を服用する前にゲノム情報を調べることによって副作用を回避し、個別化医療の提供を行うことを目指しています」。
男性不妊症も含め、一人ひとりの個性にかなった医療の提供が期待される中、個別化医療は今後ますます期待される分野です。こうした研究の促進のために、たくさんの症例やサンプルを集めるのが大切という佐藤先生。機会があればぜひ、ご協力をお願いします。
佐藤 陽一 (さとう よういち)のプロフィール
大学院医歯薬学研究部 薬学域 教授