細胞は集まって協働して機能する それをまとめる共通原理はなにか
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設計図を見ることなく建築物であるカラダを作り上げる
人の身体は60兆とも言われる膨大な数の細胞の共同体です。元をたどれば受精卵というたった一個の細胞で、それが分裂し、お互いに結合した細胞シートとなり、立体的には中空のボールができます。そのボールの一部が引っ込んで内部に落ち込むなどの大規模な変形を起こして臓器の元となります。
脳なら脳、胃なら胃を作る細胞が集合して臓器をゼロから作り上げるのでなく、あくまで細胞シートの変形から脳も消化管もできていきます。家を作るのには設計図が必要で、それに従って材料を切り、組み立てます。しかし、細胞は隣の細胞については触って様子を確かめられますが、遠くの細胞 の様子はわかりません。
全体の形を見て確かめることができないのに、細胞は自分がどこを受け持っているのかがわかり、親子はそっくりの顔になったりするのです。 「建築材料と生きている細胞との違いがここにあります。実におもしろいことです」
米村先生の研究は、ここから始まります。細胞が何をしているのか、細胞と細胞はどのように連絡を取り、協力してカラダを作っていくのか。
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細胞シートが変形するには相応の力が働かなくてはなりません。それぞれの細胞が力を出して変形し、それが伝わって細胞シート全体の変形に繋がります。しかし、無軌道に力が働くのではなく、うまく加減しないと一定の形になりません。
細胞と細胞との間にはそれを連結するための特殊な構造(接着装置)がありますが、それを研究するうちに、接着装置中に力を感じて変形、応答するタンパクがあることを見出しました。
「細胞レベルで起こっている現象を分子レベルで理解することができ、興奮しました。細胞は基本的には強い力で引っ張られれば引っ張り返す、弱い力で引っ張られれば、力を弱める、というようにバランスをとっているようです」
この構造変化を異常にしてしまえば、丸くなる細胞集団が歪になってしまうそうです。
細胞シートは基本的にカラダの外と内とを隔てていますので、表裏があります。外からは栄養を取り入れ、内側にはそれを放出して全体にいきわたらせます。この表裏(細胞の極性)は極めて正確に保たれ、稀な逆転すら見られません。隣の細胞の極性を知って揃えようという仕組みがあるように思われます。
「確かに逆転があれば、消化酵素がカラダの内部を溶かしてしまうようなことが起こってしまいます。この細胞極性がどんな仕組みで形成され、隣の細胞と同じ方向に揃えられるのかも私たちの重要なテーマです」
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先生は、この不思議な細胞のメカニズムの研究に取り組んでいますが、それはまるで細胞との対話のようでもあります。
「カラダにとって重要な、シートを作って機能する細胞群を上皮と言いますが、それに着目しています。上皮シートの形成に関わる基本的で重要なことに純粋に興味を持ち、あの手この手で解き明かしていくのが基本的な姿勢です。それが病気に関係することもたまにあります。例えば、がんも多くは上皮細胞の異常増殖から生じます。がんが致死的なのは浸潤転移を起して治療が追いつかなくなるためですが、浸潤転移も上皮細胞として集団で起こすものなので、上皮の性質を理解することから浸潤転移を止められないかと考えています。誰も考えなかった発想から物事を解き明かしていくのが研究の醍醐味です」
先生は子どもの頃から動物好きで、今でもNHKの「ダーウィンが来た」をほぼ欠かさず見ているとか。
また四国88カ所を走って回るほどの健脚でもあります。徳島マラソンにも2回参加しました。
「長距離走のトレーニングも自分のカラダを使った実験ですね。その時のカラダの状況、トレーニングで培った走力を考えてレースをマネジメントします。根拠のない夢や欲に囚われやすいのが人間であり、反省させられることが多いのです」
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- 大学院医歯薬学研究部
- 医学域 細胞生物学分野 教授
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[取材] 169号(平成29年10月号より)