疾患酵素学研究センター 免疫病態研究部門
松本 満 [教授] まつもと みつる
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研究者の歩む遠い道は常に最先端
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私たちの身体には、細菌やウイルスなどから守ってくれるための力が備わっています。この免疫(めんえき)と呼ばれる力を超える攻撃を受けると病気になり、医師や薬?手術など外部からの手当が必要になるわけですが、少々のことではびくともしないように、日々この免疫システムのお世話になっています。生命の不思議な力です。
ところが何かの原因で、自分を守るべきこのシステムが支障をきたし、逆に自分自身の正常な細胞や組織に過剰反応して、やっかいな病気を引き起こすことがあります。これが自己免疫疾患です。リウマチや糖尿病など、よく知られた病気も自己免疫疾患です。
病気を治すための薬はあっても、自己免疫疾患がどのようにして起こるのかというメカニズムはまだ全容が明らかではありません。治す薬があるのに原因や過程がわからないというのも不思議な話ですが、病気を予防の段階で完全に防げないというのがその証拠です。
松本先生は、この自己免疫疾患のメカニズム解明の最先端に立って研究を続けています。
「多くの学者が研究をしていますから、部分的にはわかっています。しかし究極的にめざすものは自己免疫疾患に共通する原理の発見です。これに近づけば近づくほど、多くの難病の予防や治療に貢献できるでしょう」
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先生は大学卒業後、15年を内科の教室で過ごし、その間に半年の国内留学、3年のアメリカ留学で、現在の研究方法の主体となっている遺伝子を改変したマウス(ノックアウトマウス)を使った研究を学びました。
「内科教室時代に、大学病院の先生方が、診療の合間をぬって基礎研究を続けていることに驚き、自分もそうしようと決意して、卒業2年目に大学院に進みました」
しかし当時はまだ分子生物学の世界から自己免疫疾患にアプローチするには難しい時代でした。
大きな転機は徳島大学に来て訪れました。それは「Aire遺伝子」との出会いでした。この遺伝子は、日本ではきわめてまれな病気の原因となるもので、先生も内科時代に、この遺伝子が原因の病気には出合ったこともなく、また資料もあまりありませんでした。ではなぜこのような、日本では少ない病気の原因となる遺伝子を使って研究しているのでしょうか。もっと一般的な病気で研究すればいいのでは、と思われるかもしれません。
実は多くの自己免疫疾患は、複数の遺伝子の複雑な絡み合わせによって引き起こされるのです。しかしAire遺伝子が原因で発病する病気は、この遺伝子のみで起こるというシンプルなものです。そのために研究がしやすいというのが理由になります。ところがこのシンプルなメカニズムさえまだ全て解明されていないのが、自己免疫疾患のやっかいなところなのです。
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先生の研究で欠かせないのがマウスです。マウスは病気を再現し、その過程を研究するためにもっとも用いられています。このマウスからAire遺伝子を取り除いてやると、異常をきたすわけですが、このメカニズムに胸腺(きょうせん)という臓器が関係していることがわかってきました。
ここで私たちの肋骨の内側にある小さな臓器、胸腺について少し触れます。胸腺は簡単に言うと、タンパク質やリンパ球を集めて、私たちの体中で役立つように教育してくれる役目を持った臓器で、リンパ球の学校という言い方をされます。青年期を過ぎると衰退していき、大人になればその役目を終えます。この胸腺とAire遺伝子には深い関係があります。胸腺がリンパ球の学校だとすれば、Aire遺伝子は教師のような存在なのです。ここでリンパ球はT細胞という、感染などと闘う細胞に育てられるのです。
胸腺は魚以上のレベルのほとんどの生物にあり、当然マウスにもあります。マウスは医学や化学の多くの分野で、人間の代わりに生体実験の役に立ってくれていますが、ここでさらに大変なのは、
「一匹のマウスを実験に使えるまでに作り上げるのに2~3年もかかります」もちろん次々と飼育されているでしょうから、まるまる何年も待たなければならないということではありませんが、研究以外にもこうした苦労がつきまといます。
しかしそのおかげで、Aire遺伝子が人の自己免疫疾患の原因であり、身体の中のどの臓器が攻撃を受けるかの決定にも関わっていることがわかってきました。
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医学の研究に科学の進歩が貢献していることは言うまでもありません。例えば写真のように、特定の遺伝子だけを光らせて見やすくできるGFP(注1)。またGFPで光る細胞だけを取り出せる装置など、日々進歩する技術が、多くの研究をサポートしてくれます。
先生はこうした自分の研究を支えてくれる異分野にも積極的に取り組んでいこうとしています。
「研究は長期にわたります。その過程で、医学だけでなく工学系などの新しい分野やテクノロジーにも視野を広げて進んでいかなければなりません」
中期的な目標としては、新しい知識を得るための短期留学や技術の取得など、自分の研究に役立つものなら何でも試してみようという姿勢です。そのために大学のサバティカル制度(注2)などの利用も考えています。それは長期的な目標、最終的には免疫システムが、どのように自分と自分以外のものを見分けているのかというメカニズムの解明につながっていくものだからです。
しかし人の寿命には限りがあります。続けられる限り研究を進めて、次世代に残していこうとする研究者の長い道のりを、根気強く歩んでいく姿勢が、様々な難病の解決に貢献していることを、多くの人に知ってほしいと思います。
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(注1)Green Fluorescent Proteinの略
緑色蛍光タンパク質(りょくしょくけいこうタンパクしつ)。オワンクラゲが持つ蛍光タンパク質。光を当てると発光する。
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(注2) 徳島大学教員のサバティカル活動
規則より趣旨のみ抜粋
第1条 この規則は、国立大学法人徳島大学(以下「本学」という。)の専任教員(以下「教員」という。)の教育、研究能力を向上させるため、授業、研究、診療及び管理運営等に関する業務を一定期間免除することにより、教員が自由に研究に従事し、研究者としての視野を広げるとともに創造性を高め、もって本学における教育研究の活性化に資する活動(以下「サバティカル活動」という。)に関し、必要な事項を定める。
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- 出身 広島県
- 1983 年 3月? 愛媛大学医学部医学科卒業
- 1988 年 3月? 愛媛大学大学院医学研究科
- 博士課程修了
- 1989 年10月 愛媛大学医学部附属病院助手
- 1993 年 9月? 米国ワシントン大学医学部研究員
- 1998 年 7月? 愛媛大学医学部助教授
- 1998 年 9月? 徳島大学分子酵素学
- 研究センター(現在の疾患酵素学研究センター)教授
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[取材] 148号(平成24年6月号より)