A. 肺癌の発癌の分子生物学的解明に関する研究 -吸入発癌物質の発癌過程の解明-
- 私たちは、今までにクロム酸塩に暴露したクロム工場労働者に発生した肺癌(ヒトクロム肺癌)の遺伝子異常について研究してきた。
- クロム肺癌では、通常の肺癌に多く認められる癌抑制遺伝子p53、癌遺伝子Ki-ras, Ha-rasの遺伝子異常の頻度は少なく(Biochem Biophys Res commun 239: 95-,1997、Am J Ind Med 40:92-,2001)、第3染色体短腕3pのLOHは同程度であった(Mol Carcinogenesis 33:172-,2002)。
- しかし、microsatellite instability (MSI)は高頻度で、MSIの頻度とクロム暴露癧の間に相関を認めた(Mol Carcinogenesis 33:172-,2002)。MSIとDNA修復遺伝子hMLH蛋白の発現の低下との間に相関を認め、hMLH蛋白の発現の低下がhMLH1遺伝子のプロモーター領域のメチル化に由来していることを示した(Mol Carcinog 42:150-,2005)。
- クロムの発癌においては、DNA修復遺伝子hMLH遺伝子のメチル化→蛋白の発現の低下→MSIの増強→癌関連遺伝子の異常、というpathway (hereditary nonpolyposis colon cancer: HNPCCや散発性の大腸癌の約15%の発癌過程)が示唆された。
- クロム肺癌において、癌関連遺伝子(hMLH1, APC, MGMT, p16)のDNAメチル化が多いことを報告した(Mol Carcinog, 50:89-99, 2011) 。
B. 同所性移植肺癌動物モデルの開発とその治療に関する研究
1.
- 我々は、今までにヒト肺癌細胞株をSCIDマウスの肺に同所性移植することで、臨床における肺癌と酷似したリンパ行性転移様式を示すモデルを確立し報告してきた(Anticancer Res 20:161-,2000, Ann Thorac Surg 69:1691-,2000)。
- さらに、そのモデルを用いて、経口抗癌剤UFTおよび経静脈抗癌剤CDDP投与によるリンパ節転移抑制効果を確認した(Clin Cancer Res 7: 4202-4208, 2001)。
- また、分子標的薬剤Matrix metalloproteinase inhibitor MMI-166投与によるリンパ節転移抑制効果を確認した(Mol Cancer Ther 4: 1409-16, 2005)。
- 新鮮手術標本より採取した肺癌細胞を初代培養し、SCIDマウスの肺に同所性移植し、臨床における悪性度と類似した性格を有するSCIDマウスモデルを作製した(Oncology reports 10:1709-15, 2003) 。
- この同所性移植モデルを使用して、蛍光色素による転移リンパ節の同定や胸膜播種の同定に利用する研究を行った(Oncol Rep. 22:17-21, 2009, Lung Cancer. 74:48-54, 2011)。
- この肺癌同所性移植モデルと小動物用PET/CT装置を用い、抗癌剤の効果を容易に判定できるpreclinical animal model systemを確立した(Oncol Rep. 31:2007-14,2014 )。
C. 胸腺腫瘍及び胸腺癌の生物学的特徴移管する研究
- 胸腺上皮性腫瘍は、胸腺の上皮に由来する腫瘍で、胸腺腫、胸腺癌、胸腺カルチノイドに分類される。稀な腫瘍であるが、前縦隔腫瘍では、最も頻度の多い腫瘍である。
- 胸腺腫における間葉系細胞—樹状細胞、マクファージの分布を検討し、胸腺腫が胸腺の皮質?髄質を模倣した領域に分かれ、胸腺と類似した機能を有すること(functional tumor)を示した。(Am J Surg Pathol 14:1139-1147, 1990)。
- 胸腺腫では癌遺伝子p53蛋白の発現は稀であるが、胸腺癌は高頻度であり且つ、肺癌などの他の癌と異なりp53の点突然変異は稀であることを示した(Brit J Cancer 76: 1361-1366, 1997).
- 胸腺癌では、胸腺腫と比較して、癌関連遺伝子のプロモーター領域のDNAメチル化は高頻度に認める(86% vs 29%)(Lung Cancer 64:155-9, 2009)。特に、MGMT遺伝子(DNA修復蛋白)のメチル化は胸腺腫と比較して、胸腺癌で高頻度に認め、MGMT蛋白の発現低下も認められた. 胸腺上皮性腫瘍がアルキル化剤にeffectiveなことと関連がある可能性がある(Lung Cancer. 83:279-87, 2013)。
- 蛋白融解酵素であるMMP-2 とTIMP-2の発現が非浸潤型胸腺腫では稀であるのに対して、浸潤型胸腺腫では高頻度に発現すること、胸腺腫の浸潤性は細胞学的な悪性度ではなく、MMP-2やTIMP-2などの蛋白分解酵素の発現と強く相関することを明らかにした(J Surg Oncol 76: 169-175, 2001, Cancer 98:1822-9,2003)。